| 喘息をよくし治すために(131) | |||||||
| 喘息大学学長 清水 巍 | |||||||
131. 大転換の年
このところ毎年、新年には野口正路さんの詩を飾り、私の年賀状を掲げるのを恒例にしてきました。 私にとって昨年は還暦、今年は定年と連続して節目を経験しています。今年も大きな転換の年です。 皆さんにも大変に御心配頂いた母親が、いよいよ具合いが悪くなっています。八十五歳ですから天寿と言えば言えぬわけではありませんが、女性の平均年齢でもあります。詳しくはいずれ書くことにして、上記のような年賀状を準備すべきか、それとも欠礼のハガキを準備すべきか、最後まで迷っていたというのが正直なところでありました。このわかばが届く頃までは持ってほしいと願いますが、それとてどうなるか分かりません。 人の世は出会いと別れをくり返して過ぎて行くものである ― ということは分かっていても、母親を見送るということは、多くの人にとって特別なことであり、私にとっても父はすでに亡く、最後の親を失うので特別です。先日も家内共々、見舞に行き、息子共も駆けつけているのですが、いつ何時外来を休み、皆様に迷惑をかけることになるか分からぬ状況です。 多くの会員の皆様が御自分の母親とダブらせて御心配下さるので、新年早々、縁起が悪いのですがあえて書かせて頂きました。 三月には定年を迎えます。外来は新しくオープンした城北診療所で当面六十五歳まで身分は嘱託として今までのパートは全て引き継ぎ継続します。その後も先輩医師を見てみますと、七十歳を過ぎても外来や他の分野で頑張っているようです。今まで診てきた方や遠くから来られる方の体験入院や検査入院の方も受持っていきたいと思っています。 ある職員が、「先生、三月末に定年になったら、奥さんと共に外国旅行にでも行ってくるが?」と聞いてきましたが、そんなことは夢にも考えておりません。 五月には喘大のフィナーレを迎えます。その成功を皆さんと共に迎えることは、喘息大学二十四年間の総決算です。それを大成功に導くことができなければ、母親にしても安心してあの世に行くことはできないでありましょう。文字通り、これまでの人生の全ての力を結集して、「珠玉の思い出」を皆さんと共に作り合い、分ちあって、新しい時代へのドラマを切り開いていきたいと思うのです。いま一生の思い出を美しく、感動的に脳裡に刻むことができれば、これから互いがどうなろうと、一生をよりよく生きていく源泉になるのです。よい感動と思い出はよい輝きを失わず、全ての参加者をよい方向に導く力を与えます。 錦上花を添えるべく、新しい本を五月に出版するため、年末から正月にかけ執筆を開始し、二月中には書き上げる準備をはじめています。しかし、私も人の子、母親の状況が重なれば、どうなるか分かりません。四国・徳島県の川真田忠人さんが、二年越しに準備されてきた本が校正の段階に来ました。前書きの依頼を受け、それは書き送りました。その本は五月の喘大交流会には間に合います。 ホームページは一日二百件のアクセスが夢でした。それはT さんと徳田さん、その他県内外の方々の御尽力で達成しています。支えて下さる方が「私は一日一千件を目指している」と話されていました。上には上があるんですね。そうなるべく私も努力します。 パルミコートが月に二本以上出るようになり、セレベントも広く使えるようになり、ステロイド吸入も新しいのが出るようになり治療も大転換となるでしょう。 であればこそ、冒頭の詩のように、全てをバックとして貴重な、かけがえのない二〇〇三年を迎えましょう。大転換の年は新たな十年のはじまりです。未知のドラマをわかば会と共に迎えましょう。 |
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